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憲法改正を考える前の基礎知識~今改憲の気運が高まっています~

 2017/02/11 社会・政治 この記事は約 9 分で読めます。 54 Views
憲法改正

憲法改正問題というのは、錯綜的な問題系です。憲法の条文自体は、実際に見てみると、そこまで複雑なことが書かれているわけではありません。

全体で、せいぜい計103条の、短い文章です。

ネット上でも簡単に閲覧できますが、ちょっとしたブログ記事のほうが、よっぽど文章が長いのではないか、と思ってしまうほどです。

しかし、というか、だからこそ、と言うべきか、この「短い」文章の「解釈」を巡って、多様な議論がなされてきました。

憲法は、その性質からして法律の制定内容を「抽象的に」方向付けるものでありますから、そこに解釈の余地が不可避的に生じてきます。条文の文章が短ければ、なおさらのこととなります。そして、憲法というのは、国内に向けたルールですけれども、他国、とりわけ米国に対する個別的な交渉によって、その解釈が水路づけられてきた、という側面もあり、同時に、その解釈に則った形で、新たな条約の締結が結ばれる、というサイクルの中にあります。

つまり、条文自体の内容はシンプルであっても、シンプルだからこそ多様な解釈の余地が生まれ、なおかつその多様な解釈のうちの、ある特定のものが実際の交渉の前提として用いられ、交渉の「事実性」がそこに積み重ねられていっているのです。

交渉というのは、「約束事」の連続で成り立っています。一度約束を結べば、基本的に、その約束は守らなければなりません。国家間の約束事というのは、それを反故にしたからといっても、超国家的な裁判機構が(国際紛争などの部分的な状況をのぞき)機能することがありませんから、即座に制裁を被る、ということはありません。

ただ、国家の「信用」の問題に関わります。「信用」というのは抽象的ですが、要するに、次回以降の交渉で自国にとって有利な条件が認められなかったり、経済活動において、そのイメージの悪さゆえ、損失を被る可能性があるということですね。

つまり、いくら条文の解釈を字面通りに行ったところで、そのような効力を持つ「約束事」の前には、無力であることが多いのです。本サイトでは、憲法改正、とりわけ9条改正を巡るそのような「解釈と交渉の錯綜」についても、総覧的にチェックをしていきたいと思います。

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憲法と法律の関係

ここでは、憲法改正についての議論に入る前に、基礎知識として憲法というものと、法律というものの関係について、ひと言ふれておきたいと思います。

かつて憲法というのは、法律の中で1番偉いものだという説明が、よく見られていました。近年では、この説明の不適切さが指摘され、かつてほどには一般的ではなくなりました。

なぜこの説明が不適切なのかというと、この説明はあたかも憲法と法律を同一地平上に並べてしまう意味合いがあったからです。実際には憲法というものは、法律の制定、それ自体に対してのルールを定めるものなので、その機能という観点から見れば、憲法と法律はその性質が著しく異なるものです。

議会制民主主義の社会においては、憲法というものは、立法府において国会議員達が法律を制定する際に、その法律の内容について制限を加えるものとされています。ただし、これはあくまでも議員内閣制というものを前提とする説明の仕方であって、より厳密には、国会議員というのは、その社会での意見分布を代表させる局所的なスタッフに過ぎませんので、この点を踏まえて改めて説明をするならば、憲法というのは「私たちが、私たち自身についてのルール」を定める際に、踏まえるべき制限のことなのだということができます。

そして最も重要なことは、この憲法自体もまた「私たちによって決められるべきものだ」という原則があるということなのです。法律と憲法はその機能に違いはあるものの、社会成員がその決定や修正についての権限を持つという点では変わりありません。

日本国憲法の成り立ち

よく知られているように、現行の日本国憲法は、戦後、米国の駐留軍であるGHQによって作られたものです。この日本国憲法以前に、日本に憲法がなかったわけでは当然なく、大日本帝国憲法と言う憲法が1889年に交付され、その翌年に施行されています。

この憲法というものは、近代国家における象徴的な存在であって、ある範囲における規制の適用「自体」について、言及を加えるという「二段階の規制」という形式を採用している点に大きな特徴があります。現行の日本国憲法というのは、その意味において、戦前の大日本帝国憲法と断絶されたものというよりは、あくまでも、帝国憲法を「修正」したものであると言う見方が厳密には正しいといえます。

なぜ、日本国政府が帝国憲法を修正しなければならなかったのかと言えば、それは社会科の教科書に出てくることでおなじみの1945年8月14日の「ポツダム宣言 Potsdam Declaration」の受諾に由来しています。

このポツダム宣言の宣言主体は、米国、英国および当時の中華民国(現在の中華人民共和国とは異なります)でした。このポツダム宣言の内容の中に

「民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除されるべし the Japanese government shall remove all obstacles to the revival and strengthening of democratic tendencies」

「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重が確立されること freedom of speech, of religion, and of thought, as well as respect for the fundamental human rights shall be established 」

「日本国民が自由に表明する意志による、平和的傾向の責任ある政府(peacefully inclined and responsible government)の樹立を求める」

という文言があり、基本的にこの要求に沿って、現行憲法への修正という運びとなったわけです。

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憲法改正に対する各政党のスタンス

日本では、議院内閣制(政党内閣制)と言うシステムに基づいて政権が運営されています。

この議員内閣制とは、行政権を持つ内閣(すなわち政府)が、立法府における議会の信任によって選抜される、という制度ですので、立法府における議員の布置によって、選抜される人員・集団と、その人員・集団が掲げる政策が異なってくる、ということを意味します。

ゆえに、日本国内では個々それぞれの理想の政治(=行政権の行使)を実現するべく、その実現のために立法府で多数派を目指すという目的のために組織される集団=政党が、複数存在しています。この政党は広義には任意の結社ですが、狭義には、政党法人格付与法、政党助成法、政治資金規正法、公職選挙法によって、法の定義によって指定される組織でもあります。

現在(2013年)、すべての法で政党要件を満たしている政党は10党ありますが、当然、このそれぞれの党の、憲法改正に対するスタンスは異なります。

日本共産党および社会民主党は、憲法を改正することそのものに極めて慎重な立場であり、とりわけ9条の死守を掲げていることで有名です。

それに対して、自民党は9条改正も視野に入れた憲法改正案を持っている政党です。またみんなの党なども、憲法改正草案を発表しています。

また民主党(現民進党)は、憲法改正の具体的内容について自民党と相容れない部分も多いものの、憲法96条の改正に関しては、自民党と同様に、その検討を行っている政党でもあります。日本維新の会やみんなの党では、道州制など統治機構再編を軸にした改正姿勢を持っています。

安倍自民党が打ち出す憲法改正とは?

2012年に発足した安倍政権下における自民党の政策には、憲法改正というイシューが含まれています。

自民党は憲法改正草案を作成しており、現在のところ全100条程度の、現行憲法の内容に関して、その一つ一つに、修正や新設の内容を加えています。それら全体的な憲法改正草案に先立って、自民党が考えているのが、憲法第96条の改正です。憲法第96条というのは、憲法の改正手続、それ自体について記述がなされている条項であり、現行の憲法においては、その憲法改正の要件が、衆参両議院において議会の3分の2の賛成で、憲法改正の発議がなされ、さらにそれに対して国民投票における過半数の承認が必要であるという旨が記載されています。

自民党の憲法改正草案においては、この憲法第96条が次のように改正されています。すなわち、まず憲法改正の要件は、衆参両議員の3分の2から、過半数に変更されており、なおかつ国民投票における承認の要件として、「有効投票の過半数」という風に書き換えられています。現行憲法の解釈においても、国民投票の「過半数」というのは、実質的には有効投票数に対する過半数であると言われていますが、現行憲法上にはその旨が明記されていないため、憲法改正を反対する側からすれば、この過半数の要件をめぐって条件闘争ができる余地が残されているのです。自民党憲法改正草案ではその部分に関して、余地を残さないようにしているわけですね。

憲法改正の主軸・憲法9条の諸論

憲法改正という話題において最も注目を集めるのが、憲法の中のとりわけ、第9条について、各党はどのような見解を持っているのかという点です。 2012年以降の安倍政権下の自民党の憲法草案において話題になっているのが、現在の自衛隊を、「国防軍」という形で、その位置づけを変更するというアイディアが採用されている点です。

これは見方によっては、現在の自衛隊の位置づけを、憲法上の建前としてではなく、その実質的なポジションとして、きちんと書き記してしまおうという意図にも思えます。

ただ一方で、この様な国防軍という明示の仕方をすることによって、現在の憲法9条においてすら、これほどまでに自衛隊の活動範囲が承認されているのだから、もしこの部分は国防軍に書き換えられてしまうと、憲法に記載されているその条文以上の活動範囲が、創発的に解釈されてしまうのではないか、という危惧も同時になされています。

また、憲法9条というものは、単に自国(の統治権力)を統制するためであるだけでなく、人類社会において、象徴的なポジションを維持しているという点も、論点の中に加わってきます。つまり、一国の憲法として、武力を放棄するという旨が明示されているものがせっかく存在しているにもかかわらず、これをわざわざ放棄してしまうことによって、人類社会の、非武装化への流れを押しとどめてしまうのではないか、というような考え方ですね。

このように憲法9条を巡っては多様な意見があります。

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